現状では,環境中に存在する微生物のうち,0.1%以下の微生物しか培養できておらず,環境微生物の多くは難培養であることが知られています。培養できる種はわずかであるにもかかわらず,微生物は医薬,食品,環境工学といった幅広い分野で恩恵をもたらしてきました。したがって,培養可能な微生物種を増やすことは,未解明・未利用のバイオリソースを開拓することに貢献できるといえます。
近年では,次世代シーケンサーの台頭により,生物の設計図であるゲノム情報へ容易にアクセスできるようになってきました。ゲノム情報の解析により,培養を介さずとも,遺伝子に基づいて微生物の機能を予測することが可能です。しかし一方で,個々の微生物の機能活性,代謝経路など,我々が産業で利用する際に欠かせない情報の多くは,微生物を培養することでしか得られません。微生物の性質を適切に理解し,有効に活用するためには,環境中から微生物を分離培養して解析する必要があるのです。
我々のグループでは,難培養微生物のモデルとして化学合成独立栄養細菌(硝化細菌)に着目し,様々なサンプルソースから複数種の硝化細菌を獲得することに成功しています。硝化細菌の培養が困難な理由を突き止めることで,帰納的に環境中に存在する他の難培養微生物の増殖を制御する因子を推定でき,未培養微生物を獲得するためのヒントを得られます。そこで我々は「なぜほとんどの環境微生物が難培養なのか?」という問いへの答えを見つけることを目的にしています。特に難培養性の原因として 増“殖の不均一性 と 異種微生物間相互作用 に着目し,研究を進めています。
産業技術総合研究所・バイオメディカル研究部門・バイオアナリティカル研究グループ(以下産総研)との
共同研究では,生命現象の根幹を担う核酸関連酵素(ポリメラーゼ、ヌクレアーゼ、リガーゼ、ヘリカーゼなど)の一つである
RNAインターフェラーゼに着目し,我々の強みである蛍光消光現象を応用した蛍光プローブ技術を発展させ,
独自の酵素活性測定技術の開発を行っています。新しい技術の開発とその応用を合わせて行うことを特徴として,
環境・医療等の様々な分野への実用化を見据えた
本格研究(基礎研究から実用化までの研究を一気通貫で行う研究スタイル)を実施しています。
【RNAインターフェラーゼを用いた遺伝子工学的ツールの開発およびその応用】
制限酵素やDNAリガーゼの発見により,遺伝子工学技術は大きく発展してきました。
我々の身の周りにも遺伝子組み換え食品や,薬剤耐性植物,
またインスリン等の化学療法剤といった遺伝子工学技術の応用例が数多くあります。
しかしながら,現在使用されている遺伝子工学技術はRNAを対象としたものが少なく,
RNAを対象とした遺伝子工学的ツールの開発は分子生物学の今後の発展にとって多大な可能性を秘めています。
近年,一本鎖RNAを基質としたRNAインターフェラーゼという酵素が微生物から取得されました。
本酵素は一本鎖RNAを配列特異的に認識,切断する酵素として知られており,
また微生物毎に保持するRNAインターフェラーゼの配列特異性は異なることが報告されています。
このような性質から,本酵素を用いた配列特異的なRNAの切断技術の発展が,
医療分野,環境分野,研究分野等様々な分野に応用される事が期待されつつあります。
我々のグループでは現在までに蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)を利用した一本鎖RNAの切断活性測定法を構築し,
RNAインターフェラーゼの認識配列を同定してきました。
今後はさらに多くの種類のRNAインターフェラーゼの取得を目指すとともに,
これら取得したRNAインターフェラーゼをRNAシーケンシング技術,RNAウイルスの治療,また遺伝子サイレンシング技術等の
様々な分野に応用すべく研究を進めています。
このように,技術開発とその応用を合わせて行えることが産総研の最大の魅力と考えています。
また,産総研には早稲田大学に限らず,様々な大学から学生が技術研修生として学びに来ており,
さらに職員等幅広い世代の方々、バックグラウンドを持つ方々とコミュニケーションできる機会に恵まれています。
本研究機関で研究することは,大学とは異なる社会を知ることができ,
見識や人間力を鍛える極めて貴重な機会となることでしょう。
私たちの研究に少しでも興味を持ってくれたなら,気軽に声をおかけください。お待ちしています。
常田研究室のファージグループでは薬剤耐性菌問題に焦点をあて、薬剤耐性菌を殺菌可能なバクテリオファージの機能や性質の解明を行っています。
一般的な抗生物質が効かない薬剤耐性菌による感染症は、2050年には世界で1000万人以上の死者が出るといわれ、がんをも上回る深刻な問題になると予測されています。私たちが新たな感染症治療戦略として注目しているファージは、様々な環境に存在するウイルスで、細菌に感染すると自身のDNAを注入します。そして、そのDNAをもとに細菌内で増殖し、最終的には細菌を破壊します。このファージが持つ細菌を破壊する能力を抗菌薬として利用するのが、ファージ療法です。
テーマ① 実臨床目線で必要とされる病原菌へのファージ療法
近年、ファージ療法は新たな抗菌戦略として注目されていますが、これまでの研究では、実験室株や特定の患者から分離された菌株が主な対象となっていました。しかし、ファージは感染できる宿主の種類が非常に限られており、多くの場合、1種類のファージが感染できるのは1種類の細菌のみです。そのため、特定の菌株に効果のあるファージが、他の多くの感染症にも効果があるとは限りません。
そこで私たちは、より広範な感染症患者に効果的なファージ療法を確立するため、世界中で流行している多剤耐性菌に感染するファージの探索に取り組んでいます。具体的には、ESKAPE*と呼ばれる代表的な多剤耐性菌を対象に、様々な下水や排水を採取し、これらの菌に感染する有用なファージの発見を目指しています。
*ESKAPE: Vancomycin-resistant Enterococcus feacium,Methicillin-resistant Staphylococcus aureus,ESBLs Escherichia coli and Klebsiella pneumoniae,MDR-Acinetobacter baumannii,Pseudomonas aeruginosa,Enterobacter spp.
テーマ② ファージを使った必須遺伝子の阻害やRNAのめった切りによる殺菌
ファージは単独でも病原菌を殺菌できますが、私たちは遺伝子組換え技術を用いて、ファージの殺菌力をさらに強化する研究を行っています。具体的には、特定のDNA配列をファージに搭載しています。
一つ目は、転写されるとアンチセンスRNAと呼ばれるRNAになるDNA配列です。このアンチセンスRNAは、病原菌の生存に不可欠なタンパク質の合成を妨げ、細胞増殖を抑制する働きがあります。
もう一つは、トキシン・アンチトキシンシステムと呼ばれる、3-7塩基の短い配列を認識してRNAを切断するタンパク質のDNA配列です。配列特異的にRNAを切断できれば細胞中のRNAはめった切りにされ、機能的なタンパク質は合成されません。
このように細菌がもつ核酸の壮大な力を利用して新しいファージ療法を開発しています。
テーマ③ 新しい耐性(抵抗性)機構としてのpersister
ファージ療法は、大きな可能性を秘めていますが、いくつかの課題も抱えています。その一つが、病原菌がファージに対してすぐに耐性を持ってしまうことです。
従来、この耐性機構は主に遺伝子の変異によって生じると考えられてきました。しかし近年、抗生物質耐性において、遺伝子変異を伴わない表現型(遺伝子の発現)レベルでの耐性獲得が明らかになってきました。私たちは、ファージ療法においても同様の現象が起こるのではないかと考え、表現型レベルの耐性がファージ療法の効果をどのように弱めるのか、そして、この耐性がどのようにして生まれるのかを明らかにするための研究を進めています。